2017.08.3 - All , ビジネス

今、パリで復活する文化消費

パリ リエゾンオフィス

木村深雪

2015年1月の「シャルリー・エブド」襲撃事件以降 相次いでパリで発生したテロは世界を震撼させ、パリのイメージは芸術の都から一転して危険な街へと急降下し、訪れる観光客も激減した。1月のテロ当日、筆者が出張から戻ったパリ・オルリー空港は銃を持った警備隊に警護され、パリの街中には全く人々が居ないというかつて見たことのない光景を目にした。それから2年以上が経過し、訪れる観光客数もようやく復活の兆しが見え始めてきた。パリ装飾芸術美術館の試みを中心に、文化消費を後押しするパリの今をリポートする。

■文化・芸術で観光客を回復

パリを訪れる観光客数の指針となる“ グラン・パリ(Grand Paris)” 地域のホテルのチェックイン数は2016 年度2,120 万件で2015 年度に比べ4.5%減であった。しかし、2017年度1月~ 4月では715万件となり、昨年対比13.7%増と回復基調にある。

“グラン・パリ”とはパリ市とパリ近郊のイールドフランス地域をまとめたパリ大都市圏のことで、フランス政府は、首都を世界的競争力ある大都市にするため、2008年発表の首都圏整備計画に基づき、2030年度にはエコロジーと経済を両立させたパリの新しい顔を作ることを目指している。

観光客数回復の原動力となっているのは、パリ最大の魅力である文化・芸術である。パリ観光局が2015 年度に18 カ国7,000人を対象に実施したアンケート結果によると、95%以上の人がパリのイメージを「観光の街、芸術と歴史の街」と答えている。さらに46%の人がパリを訪れる目的として、“有名な文化施設の訪問”をあげている。実際、“グラン・パリ”域内には、年間訪問者数1,200 万人を誇るノートルダム大聖堂やサクレクール寺院(同1,000万人)、ルーヴル美術館(同703万人)など、206のミュージアムと2,185の歴史的建造物がある。

各施設は観光客誘致のためにさまざまなプロジェクトを行っているが、なかでもミュージアムは常設展示のほかに多種多様な魅力ある企画展・特別展を実施し、多くの人々を集めている。例えば、ポンピドゥー・センターが開催した「マグリット展」(2016 年9 月~ 2017 年1月)は入場者数60万人を記録、また、ルイ・ヴィトン財団が運営するフォンダシオン ルイ・ヴィトンが開催した「近代美術のアイコン シチューキンコレクション展」(2016 年10 月~ 2017 年3月)は120万人以上と過去最高の入場者数を記録するなど、ミュージアムによる特別展は軒並み多くの人を集め、パリでしか体験できないコト消費に結び付けている。

そして、今、パリのファッション業界の話題をさらっているのが、パリ装飾芸術美術館で開催されている「クリスチャン・ディオール、夢のクチュリエ展」だ。クリスチャン・ディオールのメゾン創業70周年を記念する最大級のモード展は、モード史家のフロランス・ミュラー氏と、同美術館館長のオリヴィエ・ギャベ氏のキュレーションにより実現したもの。70年前、第2次世界大戦終結の2年後にあたる1947年にクリスチャン・ディオールは初のクチュールコレクションを発表、“ニュールック”として世界中にセンセーションまき起こした。戦時中の女性らしさを抑制されていた暗い時代を一蹴するかのように、新しい時代の女性らしさがディオールスタイルによって表現された。会場に展示された300ものオートクチュールのドレスには、クリスチャン・ディオールが幼年時代を過ごしたブルターニュ地方グランヴィルの邸宅の庭園の記憶が蘇る。花びらのようなドレープ、細かな花のコサージュがびっしりと施されたドレス、繊細な刺繍など、手仕事が成す完璧な装飾の美しさ、決して古さを感じない普遍的な美しさは芸術品の域に達している。まさに、世界のファッション都市の中でパリが別格であるのはオートクチュールがあるからだと感じさせてくれる。まだまだ厳戒態勢にあるパリだが、束の間でも平和の夢を見せてくれる芸術品を求めて人々は美術館に足を運ぶのだろう。
パリ装飾芸術美術館© Le Musée des Arts Décoratifs,- Paris-France-2006-Photographie: Luc Boegly

クリスチャン・ディオール、夢のクチュリエ展© Les Arts Décoratifs “Christian Dior, couturier du rêve”,2017,photographie:Luc Boegly
1. パリ装飾芸術美術館はルーヴル宮のマルサン翼に位置する 2.「クリスチャン・ディオール、夢のクチュリエ展」では、同展の主役である“ニュールック”が会場の中心に展示された 3. グランヴィルの邸宅の庭園を思わせるような華やかなドレスの展示

■パリ装飾芸術美術館の試み

パリ装飾芸術美術館は、ルーヴル宮の一角に位置し、デザイン、ファッション、テキスタイル、グラフィック、広告のコレクション、中世から現在までの装飾芸術を所蔵しており、パリの美術館の中でもプレステージが高い。パリ市内の多くの美術館は国やパリ市の運営であるのに対し、同美術館は私立である。館長ギャベ氏によると「建物や人件費には国からの援助があるものの、それ以外の運営資金は美術館の入場料及びミュージアムショップ、レストランからの収入、スペースのレンタル料、企業や個人のパートナーからの支援やメセナが重要な割合を占める」と言う。そのため、多様で魅力的な企画展の実施でリピート客を獲得することが重要となり、今回のディオール展もそのひとつとなっている。

同美術館では、企画展実施の約2 年前から準備をはじめ、年間8 ~ 10の多彩な展示を行う。さらに、展覧会の海外への貸し出しも大切な収入源のひとつで、現在、 “ボタンの歴史を通じてファッションを解き明かす”がテーマの「ボタンで解く展」企画を韓国の国立中央博物館へ提供している。

また、ミュージアムショップでのモノ消費を促進するしくみも用意されている。通常、美術館は展示会場の最後にミュージアムショップを設置するのだが、パリ装飾芸術美術館のミュージアムショップは独立した路面店となっている。美術館ビジターが素通りせずにこの店に立寄るのは、展覧会テーマに沿った商品だけでなく、ファッションやジュエリーの逸品、世襲的な技術を持った老舗メゾンの工芸品や同店によって発掘されたデザインプロダクトの先行発売品など、レベルの高いものが展開されているからだ。また、若いクリエーターにプロダクトを販売するチャンスも与えており、先月はロンドンをベースに活動する日本人セラミックアーチストのYUTA SEGAWAのMiniature Potがウィンドーに飾られた。

同ショップは、2014年9月からarteum(アルテウム)社により運営されている。創設者のロレーヌ・ドゥシェの“ アートを大衆にとって身近なものにする”をコンセプトに、美術館での感動の思い出を図録やポストカードだけでなく、日常生活に持ち帰れるような美しいプロダクトも商品として提案されている。美術館の来場者以外の客も数多く訪れるインディペンデントな存在として、美術愛好家以外の一般の人々と美術館の橋渡しの役割を担う新しい形のミュージアムショップと言えるだろう。

フランスにとって文化・芸術は国のアイデンティティーであり、国際舞台における国のイメージを高めるだけでなく、経済面でも大変重要なものである。考えてみれば、先進国において国の豊かさを量る物差しは、経済指数だけではなく、文化水準の高さと言えるのではないか。実は、パリ装飾芸術美術館のアジア人ビジター数では、日本人が筆頭に上がる。パリ装飾芸術美術館のギャベ館長は、「フランスと日本は、違いよりもむしろ似ていることの方が多い。日本の文明、技術、創造力、文学、物の美しさなど、フランス人にとっての日本のイメージは“ 洗練” と結びつく。日本は、フランスにとって文化面において不可欠なパートナー国。現在、2018年後半の展覧会“ジャポニズム”を準備中」と言う。

2020 年のオリンピックに向けて、日本でも国際舞台で注目を集める機会が増える。20 世紀の経済大国のイメージから一転して、日本の文化、芸術を世界に印象づける好機とも言える。テロの恐怖の中でも、文化の魅力で消費を盛り上げたパリから日本が学べることは多いのではないだろうか。

数字データ出典:パリ観光局

パリ装飾芸術美術館のミュージアムショップ© ARTEUM
パリ装飾芸術美術館ミュージアムショップ“107 RIVOLI”は、斬新なスタイルで注目を集める