多様化する顧客ニーズが生んだ次世代ホテル 大きな変革期を迎えた米ホテル業界の今

■ホテル業界を揺るがしたシェアリングエコノミー

米国ホテル業界は今、大きな変革期を迎えている。近年、シェアリングエコノミーという新しいコンセプトが生まれ、デジタル端末を駆使して多様なサービスとつながり、他者と情報共有する文化を持つミレニアル世代の台頭により、「所有」から「共有」へという消費行動の変化が加速度的に拡大している。モノを所有するのではなく、他者と共有する、あるいは必要時に借りるといったニーズの高まりを受け、ホテル業界においても「Airbnb(エアビーアンドビー)」のように、空き部屋を貸したい人と借りたい人をリーズナブルな価格帯でマッチングする民泊サービスなどが登場している。こうした宿泊サービスは、高い利便性とホストとの交流など従来のホテルにはない特別な体験価値を提供することで、さらに勢力を拡大している。

会計監査・総合コンサルティング会社プライスウォーターハウスクーパース(PwC)の調査によると、シェアリングエコノミーの世界市場規模は2013 年の約150億ドルから2025 年には約3,350 億ドルまでに成長する見込みという。ホテル大手のマリオット・インターナショナル(MarriottInternational Inc)は、「Airbnb」の対抗措置として自社のホームシェアリングビジネスを拡大し、ヨーロッパ、米国国内のホームレンタルに注力し始めている。

こうしたシェアリングエコノミーの拡大と体験価値を求める消費者ニーズの高まりにより、米国ホテル業界においても提供するサービスの多様化が急速に進んでいる。

■ラグジュアリーな体験を手頃な価格で提供

平均的な宿泊料金が1 泊当たり216ドル以上もするニューヨークのホテル市場において、ハイエンドホテルの雰囲気を残しながらも1泊150ドル~ 200ドルというエコノミー価格を実現したのが、アフォーダブル・ラグジュアリー・ホテル(Affordable Luxury Hotel)という新たな業態だ。2017年に米国人起業家で、ホテル経営者と不動産開発業者の顔を持つイアン・シュレーガー氏が、バジェットトラベラー向けのシックな低価格ホテル「パブリック ホテル(Public hotel)」をローワー・イーストサイド地区にオープンさせて、話題を呼んだ。「すべての利用客にユニークで比類のないサービスを手頃な価格で提供したい」というシュレーガー氏の構想のもと、同ホテルにはコンシェルジュやフロントデスクアシスタントが存在せず、代わりに「パブリックアドバイザー」と呼ばれるスタッフがホテル館内を巡回し、利用客の質問やリクエストに答える。チェックイン・チェックアウトはモバイルアプリまたはロビーに設置されているiPad経由で行うなど、対面接客のほとんどはテクノロジーが導入され、徹底したコスト削減戦略をとっている。

Public Hotel
イアン・シュレーガー氏がローワー・イーストサイド地区にオープンした「パブリック ホテル」は、手頃な価格でラグジュアリーな体験ができる。

2019 年3 月に同じくローワー・イーストサイド地区に開業したエースホテル(Ace Hotel)グループが手掛ける新しいアフォーダブル・ラグジュアリー・ホテル「シスター・シティ(Sister City)」は、ネットの接続性や価格帯を重視する次世代のトラベラー向けホテルで、数年前まで救世軍の本部として使用されてきた築100年以上経つビルを改築・増築した。“less, but better. (より少なく、しかしより良く)”をコンセプトに、「予算は限られているが、良いデザインのホテルに滞在したい」、「滞在時にはお洒落なパブリックスペースで過ごしたい」と考える旅行者向けに、余分なスペースやアメニティを削ぎ落としたミニマルでコンパクトな部屋を提供する。200室ある客室はシングル(約12 平方メートル), クィーンなどの6タイプで、1泊199ドルから。

Sister City
「シスター・シティ」は、低予算でもデザイン性の高いホテルに宿泊したいトラベラー向けに、ミニマイズされた滞在空間を提供

■ロビーやラウンジは、居心地の良い「コワーキングスペース」 に

ミレニアル世代にとってのホテルは、居心地の良い共同体験スペースであり、集まる人々とのネットワーキングや旅先でのコミュニティ形成など、ソーシャルな体験をする場でもある。旅先ではホテルの室内ではなく、レストランやバー、ラウンジなどの共有スペースで時間を過ごすことの多い彼らに向けて、「コンセプチュアルな複数のレストランとバーを持つ」ことも近年のホテルトレンドのひとつだ。

2018年1月、フラットアイアン地区に開業した「ザ・フリーハンドホテル・ニューヨーク(The Freehand Hotel New York)」は、1928年創業で多くの著名な作家、音楽家、芸術家が定宿とした旧「ジョージワシントン・ホテル」を改築したもの。内装は、今ニューヨークで最も勢いのあるデザインスタジオの一つである「ローマン アンド ウィリアムズ」が手掛けた。観葉植物が至るところに置かれた共有スペースでは、多くのミレニアルズがノートパソコンを持ち込んで仕事をしている。

The Freehand Hotel
滞在するたびに新たな経験をしたいと考える利用者のニーズを満たすために「5つのレストランやバー」をホテル内に併設した「ザ・フリーハンドホテル・ニューヨーク」のルーフトップ・バー

ホテル内にはメインバー・レストラン「サイモン&ザ ホエール」や、北アフリカ料理に影響を受けたメニューが評判のレストラン・カフェ「スタジオ」など、話題のレストランやバーが併設されている。ルーフトップのバーでは、ニューヨークの夜景を堪能しながらミクソロジスト(オリジナルカクテルを作る人)による斬新なカクテルを楽しむことができ、流行に敏感な人々が集まってくる。また、ノーホー地区で人気のカフェ「ザ・スマイル」のテイクアウト専門店「スマイル・トゥ・ゴー」も同ホテルの1階に店舗を出店。価格帯は時期にもよるが、最も小さな部屋タイプの「アーティスト・ルーム」で1泊141ドルから。また友人3~ 4人とシェアできる部屋もある。

■ヘルス・ウェルネスに特化したラグジュアリーホテルも登場

ミレニアル世代が他世代と比較して、「ウェルネス」と「フィットネス」に強く反応することは、いくつかの調査レポートでも報告されている。グローバル ビジネストラベル アソシエーション(調査協力:アメリカン・エキスプレス)がビジネス旅行者3,220 人を対象に実施した調査によると、ミレニアル世代の46%が旅行先でも毎日のワークアウトを欠かさずホテル併設のジムに行くと回答し、ベビーブーマー世代の38%を上回った。また、旅行関連調査会社MMGYグローバルの調査では、ミレニアル世代の50%以上が、フィットネスクラブの充実度がホテルを選ぶ上でのプライオリティになると回答している。

ニューヨークを拠点に全米各地及びトロント、ロンドンにハイエンドジムチェーンを展開する「エクィノックス(Equinox)」は2019年6月、ウェルネスに特化した初のラグジュアリーホテル「エクイノックス・ホテル(Equinox Hotel)」を複合施設「ハドソン ヤード」内に開業する。「エクイノックス・ホテル」内には、同チェーン最大級のフィットネスクラブがあり、併設される特別会員向けクラブ「イー・クラブ・バイ・エクイノックス(E Club by Equinox)」(年会費約288万円)が顧客の健康とパフォーマンス向上の手助けをする。

同ジムが会員を対象に行った調査によると、回答者の95%が「エクイノックス・ホテル」の利用に興味を示し、出張先や旅行先でも、ウェルネスやヘルスに対する日頃の習慣を継続して、健康を維持することの大切さを実感しているという回答を得た。同ホテルは1泊624ドルから。

Equinox Hotel
2019年6月に新商業施設「ハドソン ヤード」にオープンする「エクィノックス・ホテル」。ハイエンドジムチェーンを展開するエクィノックス初のラグジュアリーホテルで、ヘルス・ウェルネスに特化したサービスを提供予定。

ニューヨークで話題の最新ホテルは、共同体験ができるソーシャライジングな場作り、斬新な食体験ができるレストランやウェルネス施設の充実など多彩なコトを提供することで、ホテル自体が旅の「目的地」としてミレニアル世代の利用者から支持を集めている。これからのホテルには、体験価値を創造し、ユーザーと共有する役割がますます求められそうだ。

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