― 2019 年のファッションビジネスを振り返る ― デジタルシフトとサステナビリティ

■中間価格帯の消失


かつて日本のファッションビジネスは、中間価格帯が売れていたことにその強みがあった。百貨店やファッションビルはこの中間価格帯のブランドのバリエーションが武器であり、同様の価格帯で「ターゲット」、「感度」、「テイスト」の違いなどでセグメントして消費者に選択の幅を与えていた。しかし、高品質・低価格を打ち出すブランドが多く開発されることで、相対的に中間価格帯の商品が競争力を失っていった。特に百貨店や百貨店ブランドが大きな打撃を受けることになった。「ユニクロ」のフリースブームが起きた1998年を起点にするとすでに、高品質・低価格がスタンダードになってから20 年の時を経たといえる。この20 年間で百貨店を中心とした中間価格帯ブランドはそのポジションを失ってしまった。

■大量生産だからこそ重視されるサステナビリティ視点


現在、高品質・低価格を売り物にするブランドも岐路に立たされている。高品質・低価格というだけでは消費されなくなり、汎用性、ファッション性などを備えていることはもちろんのことサステナビリティという観点も重要視されるようになった。大量生産ゆえに素材の選定、環境に配慮した製造方法、生産現場での労働環境、不良在庫の廃棄問題などがブランド選択にも影響を及ぼすようになってきている。「ファッション性」、「品質」、「企業姿勢」などへのスタンスがファッションの中での優勝劣敗を決める要素となった。例えば、2019年8 月期連結業績で海外事業の拡大により過去最高益を記録した、「ユニクロ」を中核とする株式会社ファーストリテイリングは、「服のチカラを、社会のチカラに。」という宣言のもとに、サステナビリティを強く宣言している。「ユニクロ」は以前から、大量廃棄が報道されたケースもなければアウトレット業態も持っておらず、需要予測の精度を高めるとともに、期中の値下げなどで売り切り、それでも生じた在庫は次シーズンにワゴンセールなどで処分するという、いわば「SPAの教科書」のようなことをコツコツとやってきた。一方、先般、日本市場からの撤退を発表した「フォーエバー21」はサステナビリティの点で消費者の厳しい目にさらされた結果、苦境を招いたともいえるだろう。
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■ファッションビルからファッションが消える?


百貨店の閉店が加速し、商業施設も変わり始めている。今年オープンした商業施設は、これまでよりもファッションのテナント占有率が低く、なかにはファッションブランドの展開がゼロという施設もある。これまでファッションブランドが多く展開される背景に賃料負担能力の高さがあったが、「売れない」ということになると話は違ってくる。商品の不良在庫とともに、過剰展開されるブランドそのものが不良在庫になってしまうのだ。

ファッションを集積しても、これまでのように集客も収益確保も難しいと判断されれば、ファンがしっかりとついていて確実に収益が得られる高感度なブランドのみに集約されることだろう。

■プラットフォーマーと自社EC強化


今年は、ファッションECも大きな転機を迎えた。経産省によるとファッションEC市場規模(2018年)は、1兆7,728億円、EC化率12.96%。この市場を大きくリードしてきたのがZOZOだったのだが、9月に突然、ヤフーの傘下に入ることが発表された。この決断については、さまざまな見方がされているが、結果的に日本のファッションEC市場は、「楽天市場」、「Amazon.co.jp」、「Yahoo! JAPAN(ソフトバンク)」、「NTTドコモ」、「KDDI(au)」という、いわゆるプラットフォーマーや携帯電話キャリアの戦場となることが明確になった。一方、アパレルや小売り各社はECモールの戦略に振り回されるのを嫌い、自社ECを強化する動きも強まっている。オンワードもリアル店舗縮小と同時に自社EC強化を打ち出している。

■キャッシュレス時代


デジタルと言えばキャッシュレス決済も2019 年のトピックスと言える。政府は2025 年には利用率を40%に高める目標を打ち出し、各社から“〇〇pay”が数多く登場し、消費税増税にあわせてキャッシュレス決済による還元が実施されている。キャッシュレス決済の浸透度は、先行する他国に比べるとかなり低い数字であるものの、今後は日本でも急速に普及していくものと予想される。キャッシュレス決済がスタンダードになれば、現金集計作業などが省力化され、現金を狙った犯罪なども減るといわれているが、キャッシュレスだからといって財布のひもが緩むわけでもなく、売る側は省力化できた分をいかに、販売促進や接客力の向上に結び付けられるかが課題となる。

■サステナビリティとリセール市場


アパレル各社が、衣料品廃棄問題に取り組み始めたのも今年のトピックスと言える。これまでも商品の売れ行き予測の精度を向上させ、不良在庫を軽減させようと努力してきた。しかし、精度は向上しても在庫を無くすまでには至らない。一方でサステナビリティの観点から安易な廃棄処分も難しくなっており、在庫を再活用するリセールへチャレンジする動きが盛んになっている。ブランドタグがついたまま破格の値段で処分をするオフプライスストア(OPS)の登場や、ブランドのネームタグを外して売るショップ、不良在庫にひと手間や新しいデザインを施して価値を上げるアップサイクルなど方法はさまざまである。OPSでは株式会社ゲオクリアが始めた「ラック・ラック クリアランスマーケット(Luck・RackClearance Market)」に続き、株式会社ワールドが「アンドブリッジ(&Bridge)」を今年オープンさせた。アップサイクルでは、株式会社ビームスが「ビームス クチュール(BEAMS COUTURE)」を、株式会社アーバンリサーチも「コンポスト(commpost)」を立ち上げている。アウトレット業態がその魅力を保つために、アウトレット専用品という新品を投入することが常套手段となる中で、オフプライスやアップサイクルは、在庫処分に主眼をおいた業態として、サステナビリティという観点からも注目される。

消費者の間でもフリマアプリなどを経由して、自分の持っている服を売るというリセール行為が当たり前になった。車などの高額品のように、ファッション分野においても、そのリセールバリューを考慮した買い方が当たり前になりつつある。低価格を売り物にするブランドは、過去には「使い捨て」ファッションと揶揄されてきたが、今では、どんな価格帯の商品であっても要らなくなったらどんどん売るという「使い売り」という消費形態が当たり前になってきている。さらにはサブスクリプションなどのビジネスモデルも広がりつつある。これらの仕組みは、価格という消費者の大きな悩みからの解放を意味する。定額の中で自由にチョイスできる、もしくはリコメンドされるのであれば、消費者は価格に縛られることなく、色やスタイル、素材感など自分の好みだけで洋服を着ることができる。価格を軸にしたセグメントや、ブランドの優劣も無意味になるかもしれないし、消費者も価格では優越感を得られなくなるかもしれない。

■トレンドに代わる新しい価値の提供


これまでファッションビジネスは、「計画的陳腐化」という既存商品を意図的に時代後れにすることで、市場の拡大を図る戦略モデルの上に成り立ってきた。トレンドによって買い替え需要を促進し、そのトレンドの存在が賞味期限を過ぎた在庫を生み出してきた。消費者の変化により、いまやトレンドであることが購買理由になりにくい。一方で、古着を含めたリセール市場やアップサイクルなどで掘り出し物を見つける体験こそが楽しく、消費者の購買意欲を刺激するといった事象も生まれている。消費者に対して、トレンドに代わる、消費する意味のある新しい価値を提供する必要が生じている。まさにファッションビジネスにこそ、新たなビジネスモデルの創造が求められているのではないだろうか。
ラック・ラック クリアランス マーケット
ゲオグループ初のオフプライスストア「ラック・ラック クリアランス マーケット」。
メーカーや小売店から売期が過ぎた商品を仕入れ、メーカー小売価格よりも低価格で販売する。

アンドブリッジ
ワールドの新業態 「アンドブリッジ」西大宮店。
企業やブランドを横断するOPSのオープン・プラットフォームとなることを目指す

著者情報

第1ディビジョン マーケティング開発第1グループ 小売業やメーカー向け戦略策定、商業デベロッパー向けの戦略・コンセプト策定・ディレクションなどが主な業務。時代を独自に読み解く視点で執筆・講演も行なう。同社ホームページにて「太田の目」を連載中。オリジナル調査「Key Consumer Indicators by ifs」のディレクターも務める。1963 年生まれの「ハナコ世代」。あいみょんの大ファン。

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