これからの時代に求められる「豊かさの本質」とは? 哲学者 斎藤幸平氏 × 駒谷隆明(伊藤忠ファッションシステム株式会社 代表取締役社長)スペシャル対談

量から質に変化する豊かさの本質

「脱成長コミュニズム」を提唱し「新書大賞2021」を受賞した「人新世の『資本論』」の著者である斎藤 幸平さんと、30年にわたってグローバルビジネスの世界を見てきた伊藤忠ファッションシステム株式会社 代表取締役社長の駒谷 隆明。それぞれの視点から、これからの時代に求められる「豊かさの本質」について対談しました。


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全員参加の意識が大切

-    現在の環境問題という社会課題に対して、アカデミックな視点とビジネス的な視点で対談して頂ければと思いますが、駒谷さんは「人新世の『資本論』」を読まれていかがでしたか?

-    駒谷 弊社はファッション業界のSDGs支援やモビリティの未来構築、フードロスなどの情報提供、日本各地の伝統工芸を世界へ広める施策など、多岐にわたって課題解決のお手伝いをしています。さまざまな業界と接していると、いかにユーザーを巻き込んでアクションを起こせるかというのが重要になります。齋藤さんの著書も拝読して多くの部分で共感し、新しい視点を得たのと同時に、人類全体の課題に対してどうすれば社会実装できるのかという点でいろいろと伺いたいと思いました。

-    齋藤 ファッションや食は環境に対する負荷が高いビジネスカテゴリーなので、僕も非常に興味があります。まず、「脱成長」という言葉を社会生活に落とし込むのは過激だと思う人も多いと思います。しかし、ちょうど良かった時代を通り越して、ファストファッションや食べ放題・飲み放題など過剰な供給のために多くの人が犠牲になってしまっていると言う現代の矛盾に気付くとはそれほど困難ではないはずです。企業やブランド側などの供給側が過剰生産を適正値に戻し、社会や環境に負荷が少ないプロダクトを厳選して社会に流通させていくことが、脱成長の社会実装における最初のアクションだと思っています。

-    駒谷 「脱成長」と聞くと経済成長を今すぐ止めなければいけない印象を持ちますが、要は「作りすぎ」といった過剰な部分を適正に戻そうということですよね。わたしたちの調査ではさまざまな世代の考え方や価値観を研究しているのですが、アンケートに答えた人の半数以上が地球環境やわたしたちの社会に課題を感じています。資源も時間も有限であることを前提に、企業側が社会のニーズに応えていくことが必要ですね。



本当に必要なものを見極める能力

-    世界では実際にどのような行動が起きているんですか?

-    齋藤 最近では「飛び恥(気候変動に大きな影響を与える飛行機の利用に反対する社会運動)」など、本来は便利で快適だったはずのものがネガティブにとらえられてしまう現象も起きています。僕自身もファッションや食べ物が好きですが、環境の悪化やグローバルサウスへの影響などが可視化されたことによって、エンターテインメントを純粋に楽しめなくなっています。

-    駒谷 プロダクトやサービスが世の中に行き渡っていない時代にはある意味で量的な満足感も大きかったのかもしれませんが、物質的に満たされたら「質を求める時代」に移行していくのは当然です。どこで、誰が、どのようにつくったかなどの背景も含めて「モノの価値」となり、選択の基準となっていく。この価値観は「Z世代(1990年代後半から2000年代終盤までに生まれた世代)」を中心に広がってきているのを感じます。

-    齋藤 ここ20〜30年で生産能力が飛躍的に向上し、モノを作ることが簡単になってしまった。それは良いことでもあるのですが、そのぶん浮いた労働力を休暇や余暇にまわしてQOL(生活の質)を向上させるのではなく、コストカットされた分、売上高を増やすためにひたすら大量生産に向けて努力してしまった。経済を拡大させようという資本主義的な発想ですが、結果的に大量に売るための価格破壊や過剰広告と、そのための過剰な業務、不可逆的な環境破壊が生まれてしまっています。


本当の豊かさとはなにか

-    豊かさのために発展してきたはずが、誰も幸せにならないサイクルになってますね。

-    駒谷 モノを売らない、モノをつくらないビジネスをしている弊社では、これから個人や一社の活動を超えた「JSFA(ジャパン・サステナブル・ファッション・アライアンス)」のような横断的な活動をしていかなければいけないのだと思います。簡単に消費され、破棄されないためには、良いプロダクトを生み出すことはもちろん、その価値をしっかりと伝えていくことも大切です。一生懸命働いてやっと手に入れたものがすぐセールになる。廃盤になる。それではモノを大切にしようとか、残そうと思えないのは当然です。

-    齋藤 若い人たちへの調査で、クローゼットの中で1年間に着なかった服の数を調べたら平均23着もあったそうです。つまり量的には余るほど満たされているわけです。ではまだ着られるからといって、不要な服をリサイクルにまわしても誰も欲しがらない。結果的に膨大な廃棄に繋がっていて、アフリカのガーナでゴミの山になっています。しかも、店頭のリサイクルボックスに入れてしまえば、その事実は知ることができないんです。一方、フランスでは、売れ残った洋服の廃棄を禁止する法律が施行されました。ドイツでは消費サイクルを早めないために年明けまでセールをしないように規制しています。日本も「JSFA」のような業界団体や行政によるもっと強い規制が必要だと思います。

-    駒谷 昔は「一張羅」や「晴れ着」なんて言葉もあったくらい、一着の洋服に想い入れがあった。まさに「使用価値」の時代です。食事にしても、普段の慎ましい食事があったからこそ、たまの外食がとても輝いて見えた。その日は奮発して、本当に美味しいと思える料理を食べさせてもらった記憶があります。ものは少なかったけど、豊かだったのかもしれません。逆に言えば、この数十年は手軽さや効率を追求して便利になったけど、なんだかそれほど幸せになったような気がしないんです。僕たちはいま、本当の豊かさについて考え直す必要がありますね。

   


一人勝ちは本当に幸せなのか

-    これまではいかに競争に勝ち抜くかが重視されてきましたが、どうやら違うようですね。

-    駒谷 先日京都のカフェのオーナーと話をしていたら、近くに新しいカフェがどんどん増えてきたというんです。「競合が増えて大変だね」と言いうと、「仲間が増えてこの周辺がカフェカルチャーの発信地になった」と言うんです。事実そのエリアは美味しいコーヒーが飲める素敵なカフェが多く、観光客も立ち寄る場所になってきている。昔なら価格競争や営業時間の延長など、競い合いがはじまって疲弊していたと思うんですが、コミュニティの変化を感じました。

-    齋藤 その発展系が「カフェカルチャーの発信地」という共有財産(コモン)をみんなで管理していく社会なのだと思います。例えばヨーロッパのバカンスって、みんな一斉に休みますよね。しかも数週間とか数カ月とか、日本では考えられないロングバケーションです。羨ましいなと思う一方で、お店なんかもみんな休みになるので、ある意味不便極まりない。でも、みんなが休暇を取れることの代償として、全員がその不便さを認めているから成立するわけです。これは「バカンスという共有財産」をみんなで管理し、守っていると言うことだと思います。ここで「うちは休みません」ということになれば、最終的にバカンスという財産が毀損されるのではないでしょうか。

-    駒谷 確かに、いわばカテゴリーキラーといわれるブランドや商品が台頭してきていますが、独占の先に待っているのは孤独で、結果的に選択肢が減りニーズの減退やカルチャーそのものが消滅してしまうことにもなる。競争に勝ち残って一人だけ生き残っても、結局誰も喜ばない。一体なんのために毎日頑張っているのか。



日本が世界に未来の姿をみせる

-    そういう意味では、日本はもともと和を重んじる文化もありますし、「もったいない」とか「あるをつくして」という精神もシンクロしそうです。

-    齋藤 日本はこの30年間で所得ベースの成長がなかったと問題視されています。この課題は複合的な要因が絡み合っているとはいえ、いずれにせよ、いまのペースで無限に成長を続けることはそもそも現実的ではありません。お金や健康、時間など、いろいろなものを犠牲にしながら過剰な幸せを追い求めるのではなく、無駄を減らして適正であることで心地よい幸せを手に入れていく。そうした価値観のスイッチが大切な気がします。「人新世の『資本論』」が、成長だけが豊かさではないという気付きのきっかけになれば嬉しいですね。

-    駒谷 「成長しなくちゃいけない」という強迫観念を脱ぎ捨てて、もっとおおらかな気持ちで生きていきたいものですね。独占よりも共有、競争よりも協調といった考え方を具体的なサービスやプロダクトに落とし込む。それがユーザーにとって気持ちの良い選択になることで、世の中に広がっていく。結果的に、過熱した経済競争から抜け出す人が増えて、社会のサイクルがスローダウンすれば、社会や地球環境への負担も軽減できる。まさにわたしたちの目指す「三方良し」を体現するビジネスです。齋藤さん、ifs未来研究所では消費者のトレンド分析した膨大なデータや「ナレッジ開発室」による生活者の価値観や消費トレンドを分析した情報も提供できるので、ぜひ今後も一緒にいろいろと取り組んでいきましょう。

-    齋藤 ぜひ社会への具体的なアクションを担う架け橋として協力させてください!

-    ありがとうございました。



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斎藤幸平(さいとう・こうへい)氏斎藤幸平(さいとう・こうへい)

1987年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科准教授。ベルリン・フンボルト大学哲学科博士課程修了。博士(哲学)。
専門は経済思想、社会思想。Karl Marx’s Ecosocialism:Capital, Nature, and the Unfinished Critique of Political Economy(邦訳『大洪水の前に』・堀之内出版)によって権威ある「ドイッチャー記念賞」を日本人初、歴代最年少で受賞。同書は世界七カ国で翻訳刊行されている。日本国内では、晩期マルクスをめぐる先駆的な研究によって「日本学術振興会賞」受賞。45万部を超えるベストセラー『人新世の「資本論」』(集英社新書)で「新書大賞2021」を受賞。

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