VUCAの時代に求められるセクターを越えた連携
本連載の第一回は、経済・社会・環境の関係性の変化を中心としてサステナビリティに関するグローバル動向について概観した。第二回では、国際社会からの外発的要求への対処としてではなく、従来から日本企業が持続するために大切にしてきた価値観を世界で活かしていく視座、また自社の強みを社会と経済の両軸に向けながら成長させていく考え方、そして不確実性の高い市場環境に対して経営レジリエンスを高めるために複数のシナリオを準備し備えることの重要性について説明してきた。
今回は、ビジネスにおいてもサステナビリティの視点を採り入れるにあたり、個社で解決がむずかしい産業構造課題や社会システムの変革について、グローバルトレンドの事例も含め概観していく。少し概念的な内容も多いが、お付き合いいただければ幸甚である。
本稿の要旨から先に申し上げると、どんなに革新的、あるいは強力な組織でも、単独で成し遂げることができない社会・環境問題が起こっているということだ。
これはV U C A(Volatility〈変動性〉・Uncertainty〈不確実性〉・Complexity〈複雑性〉・Ambiguity〈曖昧性〉)の時代と呼ばれるように、ボラティリティが高く、将来予測がむずかしくなる社会背景に起因すると考えられている。また、産業の持続可能性という視点においても、それぞれのセクター(企業・政府・社会)が越境してこれからの世の中をつくっていく必要がある
アメリカから広がりをみせる「コレクティブインパクト」
海外では、主に社会課題の解決へのアプローチとして、イノベーションの実践知が生まれてきている。以下にポイントを述べ、そこから抽出できる視座をまとめていきたい。
●「コレクティブインパクト」とは
スタンフォード大学のレポートによると、「コレクティブインパクト」という社会課題に対するアプローチを、アメリカのコンサルティング会社が2011年に発表している。企業、行政、地域コミュニティといった異なるセクターから集まったグループが、特定の社会の課題解決のために、共通のアジェンダに対して行なうコミットメントである。
発信源であるアメリカでは教育、治安維持、貧困などの社会課題を中心にセクター間の連携による事例が散見できる。現在は「コレクティブインパクト3・0」(17年発表)という段階で、検証事例の蓄積とミッションの変化により今後もアップデートされていくと推察される。
アメリカ特有といえる社会課題の事例が目立っているものの、ヨーロッパやアジアにも広がりをみせており、ここ数年はビジネス界隈でもその言葉を耳にするようになった。日本国内でも内閣府が19年にその海外事例について調査を実施しており、内閣府のホームページでは調査報告書を確認することができる。
コレクティブインパクトは、日本においてはまだ著しい成果は確認できないようだが、NPO法人や自治体が中心となり、今後、貧困の問題や過疎地域の持続可能性を向上させるための取組みなどとして期待されているアプローチである。
コレクティブインパクトでは、以下の5つが成功の条件として設定されている。
①共通のアジェンダ(Common Agenda)
変革に向けた共通のビジョンにより、合意を得られた行動を通じて課題解決を行なう。
②評価システムの共有(Shared Measurement)
測定手法を共有し、成果を測定・報告し、学習・改善を行なう。
③相互の活動の補強(Mutually Reinforcing Activities)
さまざまな領域のステークホルダーが集い、それぞれに特化した活動を通じ相互補強する。
④継続的なコミュニケーション(Continuous Communication)
参加者同志が継続的にコミュニケーションする。
⑤活動を支える組織(Backbone Organization)
活動を把握する専任のスタッフがいる組織がある
●他の協働モデルとの違い
日本でも従来よりセクターを超えた協働は行なわれてきた。別表には主な協働モデルのなかから、「官民パートナーシップ」と「コレクティブインパクト」の違いを示した。コレクティブインパクトは長期的視座に立ち、セクター間連携によるインフラストラクチャーを伴った社会課題の解決であるアプローチであることがわかる。
掲載元 / 綜合ユニコム株式会社『月刊レジャー産業資料3月号』 より引用
筆者提案の協働モデル「インクルーシブインパクト」
コレクティブインパクトは社会面の課題解決が主軸であるのに対して、筆者が本連載で意図している視座の中心はこれまでと同様、経済と社会環境の両方の前進である。別表のなかでは、本稿向けの筆者の造語ではあるが「インクルーシブインパクト(Inclusive Impact)」と表現し、新たな協働モデルとして追加させていただいた。
産業構造モデルを循環型に変容するなど持続可能性を高めることを目的に、企業や行政に加えて生活者やメディアまで協働するセクターを拡大し、共通のビジョン達成に向けて協働するモデルである。
「インクルーシブインパクト」には、以下の3つの特徴がある。
① バリューチェーン全体を大きく見る
複雑な問題についての共通理解を築きあげるためには、より大きなバリューチェーン全体で捉える必要がある。レバレッジが効く箇所を俯瞰した視点で特定しリソースを集中するなど、綿密に設計されたマイルストーンを描くことも重要である。
② 長期的視座と再現性
問題解決が容易な対症療法の連続では、本質的な課題をかえって見づらくすることがある。長期的なビジョン達成に向けて、再現性の高い仕組みを構築することが重要だ。共通のアジェンダのもと戦略を入念に設計し、そのパフォーマンス実績を共通指標で計測するなど、持続的に検証可能な社会システムが求められる。
③ 互いに学び合い、取組みを連携させる
境界を超えて働きかけることは容易ではない。しかしながら、見解が一致する相手と快適な距離感で取り組んでいるうちは、いまの時代に対処がむずかしい。属する業界が機能不全に陥っているのであれば、自社や自身も変えなければならない対象の一部として認めることからスタートする必要がある。
一方で、本質を追求し高い技術を備える日本企業がそれぞれの強みを相互に補完し合えば想像を超える成果が期待できるはずだ。この協働が威力を発揮するのは、参加者の数や取組み自体の均質性からではなく、相互扶助が可能な関係性の構築と具体的な解決の積み上げによってである。
次回は、こうした考え方に近い形で動き出したファッション産業について、具体的に触れていきたい。
※上記「サステナビリティ戦略アップデート 第3回」の内容は『月刊レジャー産業資料3月号』 にて掲載
掲載元 / 綜合ユニコム株式会社 : https://www.sogo-unicom.co.jp/leisure/
著者情報
ifs未来研究所 所長代行 アントレプレナーとして事業経験後、現職に就く。 2022年よりifsのシンクタンク組織であるifs未来研究所を継承し、環境・社会・経済を「一体かつ不可分」とした未来型協働解決アプローチを実践する。 74年生まれの団塊ジュニア世代。
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