謎と、タイパと。【ifsマーケター連載:太田の目】

繊維月報の連載など、外部への執筆・講演でもおなじみの ifs名物プランナー太田敏宏による、時代を独自に読み解くコラム「太田の目」。

今回は邦画やドラマで続く「事前情報なし」ブームと、若者世代が重視する「タイパ」の対比について論じます。

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映画やテレビドラマで、「事前情報一切なし」という手法が採用されている。 
これまでは映画もテレビドラマも公開の初週や初回の成績が、後の成功に非常に重要とされてきた。初週や初回をピークに持っていくには、主演俳優や監督が公開前にメディアに出まくるとか、予告編をセンセーショナルに作るなどの作戦が、常識とされてきた。いわゆる「全米が泣いた」みたいなことである。
そんな中で事前情報一切なしの手法が増えてきているのだが、その口火を切った  のは「THE FIRST SLAM DUNK」。もちろん、原作の漫画やアニメがあるので、見る側の手がかりが無いという訳ではないものの、あらすじや声優などの情報は映画の公開まで明らかにされなかった。
これと同様にジブリ映画の「君たちはどう生きるか」も、公開されたのはポスター1枚のみ。こちらは、『君たちはどう生きるか』という同名の小説があるものの、これが果たして原作なのかもわからないという状況。宮﨑駿監督の10年ぶりの長編作品くらいの手がかりしかない。誰が声優なのか、主題歌は誰が担当するのかという情報も無く、公開初日に映画を実際に観た人が、エンドロールを頼りに情報を流した。声優に関しては、そのエンドロールでさえ、どの役を誰が担当したという記述はなく、「あの人ってどの役だったか分からなかった。」という感想も多く聞かれた。
TBS日曜劇場の「VIVANT」もキャストは事前に発表されたものの、ストーリーや役柄などの作品の詳細は明かされなかった。
これら3作品に共通するのは、初週・初回の成績が良かったこと。SNS時代だからこそ、作品を見る以前に悪評が流され、それに影響され、観たくないという感情が作り出されるということを避けたのもあるだろうし、事前に情報が無いからこそ、SNSで勝手な予想をしあい、その答え合わせが、初週・初回の鑑賞ということに繋がったのだとも言える。
さらに、「君たちはどう生きるか」「VIVANT」に関しては、内容や今後の展開も謎が多い。「君たちはどう生きるか」は、観た人も1回ではそのテーマさえも分からず、難解。複数回観たり、観た人同士で考察し合うなどの現象も産んでいる。

ドラマや映画の視聴まで“タイパ*”が重視され、2倍速で観たり、ショート動画やTiktokが持て囃される時代。これらの長編で難解で謎の多い作品は“タイパ”という観点では、極めて不適格な作品といえる。
しかし、ショートかつ2倍速でもわかる作品を作る努力をするのもいいが、謎が多く、難解だけど、噛めば噛むほど味が出るような作品を作る方が、世の中に深みをもたらしてくれるに違いない。  

*タイパ:タイムパフォーマンスの略。「コストパフォーマンス」の時間版で、かけた時間に対する満足度を表す言葉。
少ない時間で満足度の高い経験が得られた場合に「タイパがよい」と言われる。
三省堂主催の「今年の新語 2022」の大賞に選ばれた。


著者情報

第1ディビジョン マーケティング開発第1グループ 小売業やメーカー向け戦略策定、商業デベロッパー向けの戦略・コンセプト策定・ディレクションなどが主な業務。時代を独自に読み解く視点で執筆・講演も行なう。同社ホームページにて「太田の目」を連載中。オリジナル調査「Key Consumer Indicators by ifs」のディレクターも務める。1963 年生まれの「ハナコ世代」。あいみょんの大ファン。

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